地味な毎日

今日も明日も明後日も。

目の前の事をやっているだけじゃ、「ドラマ」は生まれない。

結果、昨日と変わらない地味な毎日になる。


地味な毎日の中では充実感が得られず、魂が失速していく。

なんかこう、このままずーっとこうなのか?

と、感じ始めたりする。


だったら、何か昨日とは違う今日だけの事をやればいい。

食べた事ないもの食べてみる、聞いた事のないジャンルの音楽を聴く

行った事のない場所へ行ってみる。やった事のない事にチャレンジしてみる。


簡単なものからでいい。「ちょっとやってみる」だけでドラマは生まれる。

ここまでは、みんな分かってるけど、でも、「やらない」

分かっているけどやらない=面倒だから=面倒と天秤にかけてやらない方がマシな方を取る。結果、地味な毎日になる。

要するに苦痛を伴うかもしれない行動には、目的がなければ実行に移す事はない。


じゃあ、まず目的をもつことが第一優先になる。

目的ってなにさ。ってなる訳だけどこれが一番やっかい。

やりたい事ってなに?と聞くと「答えられる人」と「答えられない人」がいる。

答えられる人でも、じゃあその為に今なにしてるの?と聞くと「答えられない人」になったりする。

目的もあって、行動もしてるという人に

じゃあその行動はいつから初めてどれくらい進歩したの?と聞くと

モゴモゴモゴ・・・となったりする。


要するに「本気で」やってない。何をおいても第一優先!今日も明日も明後日も!のように

やっている人は、そもそも最初のやりたい事って何?と聞く必要もないくらい、行動にでてる。普段の会話の中に出てくる。だからワザワザ聞く必要もないくらいに想像がつく。


じゃあ、こういう人はとても少ないのか?と思うとそうでもない。

やりたい事はなに?と聞くと「カッコイイ、目標とする、理想の」自分はなに?という質問にすり替わって回答しようとするから、結果、モゴモゴとなったり

その理想は無理だから、何もしてない。という回答になる。


じゃあ、趣味は?と聞くと、割と色々でてくる。

アニメでもマンガでも、釣りでも、旅行でも、なんでも・・・

でもそれは「浪費」や「楽しい事」であって、自分の「理想の将来の時間とお金を作るもの」ではないと思っているから、ここについては何かハズカシイとなってしまって答えない。そこで、同じ趣味があると分かると急に堰を切ったように話し始めたりする。


なにが言いたいかというと、自分がハズカシイと思う事はそんなにハズカシイ事じゃないよ。やりたい事って、そういう所にあるんだよ。その趣味が自分の中で「好き」に変わった所にヒントがあるんだよ。だから、胸はって自分ってこういう人間です!って言う所から

始めると、意外と自分が見えてきて、まだやってないけど好きかも?というものに行動に移してみよう。と思うかもしれない。


その先に地味な毎日でも「地味の積み重ね」が「やりたい事」に近づいてると感じ取れるから、他人からは地味に見えても自分の中では充実したりする。

自分に対して自分だけは味方になって恥ずかしがらずに声にだしてみよう。

そこに他人の意見なんて関係ない。自分の事を言うだけなら誰も傷つけていないのだから。

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